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[22201] Re3:雑談返信 削除
2019/3/7 (木) 19:55:45 徳翁導誉

> > そういう感じで、共感を示したり、歩み寄ったりという文章は、
> > 今までの やり取りの中でも、私の方からは随分と書いてるつもりなんですよ。

> そうだったのですね。
> こちらも部分的にはそう感じる表現もありましたが、本筋の流れはそうだと感じていませんでした。
> 努力して書いているところを無視してしまったということであれば、すみません。
> ちなみに、ということはこちらからはそうしているように見えないということなのでしょうか?
> こちらも自分ではしているつもりでした。

「そうしている」つもりだろうな、という事は何となく解ります。
ですがこれは、私の予備知識と、官さん自身のカミングアウトがあったからで、
仮に、そうしたモノが無く、単純に文章の内容だけで見ていくと、
一般的には、「自分の主張を押し付けくる」ように映るかも知れません。

発達障害の方の場合、相手の立場や心情を推し量るのが苦手なので、
結局の所、当人は相手の事を考えてるつもりでも、
自分自身の立場や心情で考えてしまっているケースが非常に多く、
相手側からすると、「押し付け」に感じる事が多々ありますね。
もちろん、他人の本当の気持ちなど、正確には誰にも解りませんし、
自分の考えしかできないタイプは、いわゆる健常者の中にも多いのですが、
それでも、発達障害の方と比べてトラブルが少ないのは、
お互いに「常識」と考えてる範囲のズレが、健常者間だと小さいからでしょうね。
そして、健常者からすると、「非常識」に映る事を「押し付け」てくるので、
「何だコイツは」とか、「何て身勝手な」と見えてしまう訳ですね。

> > 私としては、互いに理系の人間ですし、話題も宇宙に関してだったので、
> > ついつい理系的な流儀で、回りくどいよりは、単刀直入に本題の話を進めたり、
> > 考察の中身を深める為にも、相違点や疑問点を重視した方が良いと考えてました。

> そういうコミュニティに居たことが無かったので、
> 「理系的な流儀」というのが自分は分かりませんでした。
> 疑問点を伝えて頂けるというのは歓迎ですが、
> 今回の場合はそれより批判の方に聞こえていました。

う〜ん、非難と批判は、深い部分で大きく違いますけど、
批判と疑問は方向性的に、そこまで違わないんじゃないですかねえ?
「ここが解らないんだけど?」と指摘する疑問は、
「ここは違うんじゃない?」と指摘する批判の、婉曲的表現である事が多いですし、
批判というのは、あくまで、「より良くする」過程の為に指摘するのであって、
相手を責める目的で、間違いを指摘する非難とは、中身が大きく異なると思います。

まあ、批判的思考というのは、結論の精度を高める上で重要な要素ですからねえ。
感情面を優先するのであれば、非難だろうと、批判だろうと、不快でしょうし、
発達障害の方の場合、否定されるトラウマから、過剰反応を示す事が多いですけど、
学問的な考え方で行くと、非難は勘弁でも、批判は大歓迎だったりします。
指摘された点を1つ1つ解決していく事で、より良い結論へと近付く訳ですし、
理系ですと特に、目先の個人的な感情よりも、真理を求める感情の方が強いですので、
数学科出身で、話題が宇宙論であれば、理系的な流儀で良いだろうと思ってました・・・・

> > 「怒ってる」という事は、特に無かったですね。
> > 「困ってる」という面は、多々ありましたけども(笑)。

> うーん、最近特に思うようになってきたのですが、
> どうやら関西の人の発言は怒っているように聞こえるみたいです。
> (徳翁導誉さんは関西の方ということで合っていますか?)

いや、私は関西人じゃありませんよ(笑)。
私は転勤族として、3〜4年ごとに日本各地を転々として育ったので、
特定の故郷を持っていないタイプの人間ですね。
心の拠り所となる故郷が無いのは、精神的に結構キツいものですよ・・・・
強いて言えば、関東で生まれ、東海で育ち、関西で学び、
いま現在は、関東で暮らしている人間って所でしょうか?
なので、関西人要素も1〜2割くらいは持ち合わせてますね(笑)。
その気になれば、関西弁も、ある程度しゃべれますし。

> 思い返せばですが、親戚や近所の人もそういうことを言っていた気がしますし、
> こう感じるのは地域が関係しているのかなと思ったりします。

東北人が、関西人を苦手に・・・と言いますか、
厳密には、関西弁を苦手にしている事は知っています(笑)。
まあ、関西は商業の土地なので、話すスピードが速く、話もストレートな一方、
雪国だと話すスピードが遅くて、あまりハッキリと主張はしませんからねえ。
ある意味では対極の位置にある訳ですから、相性が良くないのも解ります。
ただ、東北人が関西人を敬遠するほど、関西人は東北人を何とも思っていませんね。
また、関西人は関東人への対抗意識が強いですが、関東人は全く意識していません。
この辺の各地方の意識は、日本地図上に図示してみると、意外に面白いかも?

あと、東北人が関西弁を苦手にする傾向は、確かにあると思うのですが、
それは、あくまで「話し言葉」の時であって、
こうして「書き言葉」の時には、あまり方言的な特徴は出ませんから、
仮に私がバリバリの関西人であっても、その事はあまり関係が無い気も?
ちなみに、発達障害だと方言が話せない(標準語しか使えない)タイプも、
中にはあると聞きますけど、官さん自身はどうですか?
と言いますか、そもそも今の時代、どれくらい地方で方言が残っているのかなぁ?

> そして、怒っていると感じることが、圧が強いという印象になっているのかもしれません。
> 原因は見当がついても解決策が浮かばないのが厳しい所ですが…。

発達障害の方の場合、相手がなぜ怒っているかが解らず、相手を更に怒らせ、
それがトラウマになって、「怒られる」事に過敏になるあまり、
「怒られているのでは?」と過剰反応(被害妄想)するケースも多い気がします。

でも実際の所、他人に怒りをぶつけるというのは、非常に労力が要る行為なので、
ほとんどの人は、そんな簡単に、怒りを爆発させたりはしません(笑)。
ですから、「明らかに怒ってるな」と感じるとき以外は、
「たぶん気のせいだな」と、頭に浮かべられれば、気持ち的には随分と楽になるかと?
そもそも普通は、あまり関心が無ければ、怒るよりも避ける選択の方が多いですし、
まあ中には、突発的に怒ってばかりの人も居ますけど、
そう言う人は、そう言う感情表現なだけで、怒った事さえ、すぐに忘れがちですので、
怒られた側だけ、いつまでも負の感情を引きずるのは、損と言えば損なんですよね。

> (ちなみにこちらは青森なのですが、逆になにか思われているのかは気になる所ではあります)
いや、特には気になりませんでしたよ。
と言いますか、もしも地方暮らしだと気付いていれば、
神保町に中国歴史地図が売ってた報告など、書かなかったでしょうし(笑)。

それに、私自身が前述の通り、日本各地を転々としていた為、
その土地、その土地で、文化も常識も異なるという事を、
幼い頃から肌で感じながら、育ってきましたからねえ・・・・
普通の人は、そんな事を意識せず育つでしょうし、
一生地元で暮らす人は、気付かないままという事も多いと思います。
だからこそ私自身は、その地域だけのルールを押し付けられるのも慣れてますし、
考え方の違いというモノに対して敏感で、しかも許容度が高いような気がします。

ちなみに、「春は桜、夏は祭り、秋は紅葉、冬は雪」な私にとっては、
青森(特に弘前)などは、結構良いイメージがありますよ。
東北新幹線の延伸により、盛岡以北も身近な感覚になってきましたし。
ただまあ、実際に暮らすとなると、東北の雪は大変そうですけどね(笑)。

> > > どういう所がそうだったのか、教えて頂くことはできますでしょうか?
> > 私は官さんの心情を理解できても、官さんは私の心情を理解できない所ですかね?
> > 「相手の事を理解しよう」「自分の事を理解して貰おう」と努力するのですが、
> > その事すら、ほとんど理解して貰えないので、苦労が重なってしまうと・・・・
> > 構図としては、「カサンドラ症候群」そのものかも知れません。

> 確かに、理解しようとされているとあまり感じていませんでした。
> 「カサンドラ症候群」は初耳でしたので調べましたが、こういうものがあったのですね。
> うーん、でもどうしたら改善できるのか、浮かばないです。
> 失敗しながらでも場を踏んでいくしかないのでしょうか。

とりあえず、カサンドラ症候群に関しましては、
親身に対応してくれる人ほど、それが報われなかった時に、症状が酷くなるので、
家族とか友人など、親身な人から「不愉快な思い」をさせられた時には、
その人は「もっと不愉快な思い」をしている事を、
感じ取れないにしても、知っておいた方が良いかも知れませんね。
そうと気付かずに、不愉快な思いを相手にぶつけると、
当人は無自覚なまま、親身になってくれる人を更に追い込んでしまいますし、
「よく解らないけど、きっと不愉快な思いをさせてるだろう」と思えるだけでも、
その相手への対応が変わってくるでしょうから。

そもそも、不愉快な思いをさせようと言うくらいなら、
普通の人は、その前に、愛想を尽かせて去っていくでしょうし、
心配してくれてるからこそ、親身に言ってくれていると思えれば、
相手の気持ちは正確に解らなくても、対応としては間違いを起こさない気がします。

> > また、官さんの場合は、以前に次のような一文↓を書かれており、
> > > > > 私が数学として捉えている・管理人さんは物理として捉えている
> > こうした文章は、発達障害の方だと、なかなか書けないモノだと思いますので、
> > 障害の程度としては軽いか、もしくは相当努力されてる印象を受けており、
> > 今回の返信においても、私としては、かなり踏み込んだ内容を書いてますね。

> そうなのですね。
> 努力はしているということを感じて頂けているということ自体貴重なので、そのことは嬉しいです。

やはり、カミングアウトするという行為は、大きいのかも知れませんね。
もちろん、それは当人にとって、大きな決断を強いるモノですし、
カミングアウトをしたからと言って、全ての人が受け入れてくれる訳でもありません。
ですが、「自分はルールが普通の人と違います」と言ってもらえれば、
それを前提として、相手の行動を理解したり、許容したりする余地が生まれます。

例えばこれが、外国人であれば、見た目の違いで、文化の違いを想像できますし、
文化が違うという前提に立てると、許容できる範囲も一気に広がるモノです。
また、発達障害の人も、外国で暮らすと、そもそも外国人という前提から、
「違って当然」という態度で接してくれる為、却って自国より暮らしやすい事もあるそうです。
一方で自国だと、逆に「同じで当然」という暗黙の了解が、多くの人にありますから、
「私は違うタイプです」と宣言する事は、想像以上に重要なのかも知れませんね。

> > 発達障害に関して、一般的な印象で言いますと、
> > 「相手の話を聞かない」「自己主張ばかりする」「順序立てて考えない」という感じなので、
> > 普通の人から見た場合は、「自分勝手な困った人」という見え方になりますかねえ?

> そんなに印象が悪いのでしたか。苦いですが、でも教えてくれたことは有難いことだと思います。

これがまた、良い方向に向けば、「強力なリーダーシップ」とか言われるんですけどね。
実際、歴史上の英雄と呼ばれる人たちを見ても、
恐らくは発達障害だったのだろうな、という人物は多いですから!!
今までの常識が通用しない激動期にあり、誰もが不安で前に進めない中、
他人を気にせず、我が道を進む・・・と言うか、その方法しか知らない発達障害者が、
たまたま進んでいった方向に、新しい時代が待っていたとすると、
その人は時代の開拓者として「英雄」と呼ばれ、皆が彼の後ろを付いて行く訳です。

更に時代を遡り、狩猟採集の頃で言えば、「移住」と「定住」の関係と言えるかも?
可能ならば、1ヶ所に定住して暮らし続ける方が、楽だし安心ですけども、
危機となれば、移住の必要が出てきて、新天地を求めればならない時はあり、
その両面を考えると、大多数の定住志向型と、少数の移住志向型の人間が必要になると。
もちろん、こうした現象は人間に限らず、他の動物や昆虫などでも見られる傾向ですね。
逆説的に言えば、人類とか、民族とか、大きな単位で人間の集団を見た場合、
行き詰まった有事の際に、集団として大きな方向転換を行えるよう、
発達障害と言われる人たちが、一定の割合で生まれるようになっているのかも知れません。
単に障害でしかないのなら、自然淘汰されて消えていても、おかしくないですからねえ。

例えばアフリカには、鎌状赤血球遺伝子というの持つ人たちがおり、
その遺伝子を持っていると、重篤な貧血を起こしやすく、長生きが難しいのですが、
一方でその遺伝子は、マラリアに対する強い耐性を持っていて、
マラリアが大流行しても、その遺伝子のお陰で、全滅を免れる効果があるんです。
ですから発達障害者も、有事の際には求められる人材なのかも?という考えはあります。

ただ平時の場合は、それこそ常識から外れた人間として扱われますし、
人類や民族などの集団的な都合など、個々人の幸福とは乖離してますので、
当人的には、いろいろと苦しいかも知れません・・・・
でもまあ、「ピンチの時の為に、自分たちみたいな人間がいる」と思えれば、
気持ちの面で、意外と楽になれる人もいるかも知れませんね。

> > 発達障害と違い、社会に対してストレスを与える事は少ないので、
> > あまり問題視されないと言いますか、存在を意識や理解されない側面があります。
> > これはこれで、衝突は生まない替わりに、支援されもしないので、辛い所はありますね・・・・

> そうだったのですね。
> それぞれがそれぞれで辛さを抱えている、
> 当たり前でもありますが深く知らないと実感が湧かないことでもあります。
> 徳翁導誉さんもそういう辛さがあったのですね。

よく言われる表現としては、発達障害はロウソクの火で物事を見ていて、
HSPは眩しすぎる照明の下で物事を見ている、という感じのがありますね。
ロウソクの火は小さいですから、自分の足下はよく見えても、周囲はよく見えず、
壁にぶつかったり、床に置かれた物に躓いたりしてしまうと・・・・
一方で、煌々と照明が照らしていると、部屋の隅々までよく見えて、
壁のシミや、床に落ちたゴミなど、他の人が気にしない所まで気になってしまう・・・・

そして普通の人は、暖炉の火で快適に過ごしてる感じでしょうか?(苦笑)
そんな人から見れば、壁や床を必要以上に気にする人は、どちらも一緒でしょうし、
実際、足下しか見えずにビクビクするのも、眩しすぎて目がチカチカするのも、
どちらも快適に過ごせていないのは、同じなんですよね。
で、暖炉の火も、そこまで周囲を見通せないのは、ロウソクの火と同じですが、
そこには多くの人が集まっていますので、別にそこから移動する必要もなく、
だからこそ、壁にぶつかったり、床に置かれた物に躓いたりする心配も無いと。
ただ、足下しか見えないロウソクの火だと、視界不良でぶつかる事があるので、
部屋全体が見えてる照明に比べて、衝突する機会が増えて来るという感じでしょうか。

・・・って、この例え話、うまく伝わってますかねえ?(苦笑)
HSPの場合、相手に何とか解って貰おうと、比喩表現を多用する人が多いのですが、
一方で発達障害の方は、比喩表現を理解するのが苦手な人が多いですから。
もちろん、両者とも症状タイプは人それぞれなので、一概には言えませんけども。

> > 「他人の不幸は蜜の味」とか、「悪口は酒の最高の肴」などと、世間的には言われますけど、
> > HSPだと共感力が過剰で、他人の不幸で自分も苦しい思いになっちゃうんですよね。

> それに関しては、自分も他人の不幸は苦しく思う方だと思っていますね。
> 程度は違うのかもしれませんが…。

程度と言いますか、症状的に方向性が事なるのだと思います。
解りやすい例ですと、例えば、怒られている人を見た時に、
自分が怒られてる訳では無いのに、酷く心が傷付くといった症状があります。
発達障害も、HSPも、怒られるのを見て傷付くのですから、
一見すると同じ症状に見えますし、現実的に誤診も珍しくないとは聞きます。

ただ、同じ傷付くとは言っても、発達障害の方は他人の感情を読み取るのが苦手なので、
怒られてる人の感情に共振して、自分も心が苦しくなると言うよりは、
他人が怒られる姿を見て、自分が怒られた時のトラウマが蘇ってしまい、
その事で心が苦しくなるというケースが、実際には多いようです。
一方で、他人の感情を読み取れすぎてしまうHSPの場合、
それこそ、怒られてる人の心と、自分の心がリンクしてしまって、苦しくなると・・・・
まあ別に、第三者から見れば、同じ様な症状に映るのでしょうけど、
心が傷を負う当人は、対処する方法を知る為にも、区別は出来ていた方が良いと思います。

> > 多数派だから常識と言われ、少数派だから非常識と言われると。
> それはちょっと思ったことはあります。

しばしば、他者への「共感性に欠ける」と言われる発達障害ですけど、
発達障害の人同士であれば、普通に共感し合えるパターンも多いと聞きますし、
それでいて、健常者と発達障害者が、双方とも共感できない間柄であるなら、
つまり、状態としては、どちらも同じという事ですからねえ。

> 今は割り切ってますけどね。
まあ、自分の中だけで話が済む場合には、
「非常識で結構」という態度でOKだと、私なんかも思っているのですが、
やはり集団での行動となると、「非常識=周囲に迷惑」となる事が多い為、
納得できるか否かは置いておいて、時と場合に応じながら、
いわゆる「常識的な振る舞い」に収まるよう、私も心掛けてはいますね。

> > ただ、こうした話題だと、どうしてもネガティブな言及が増えてきますし、
> > 普通の人でも傷付きやすい内容なので、発達障害の人だと尚更でしょうから、
> > 官さんが大丈夫であるなら構いませんけど、駄目な時には言って下さいね。
> > そうなったら、そうなったで、三国志とか戦国時代など、
> > 軽いテーマで雑談を続ければ良い話ですし(笑)。

> はい、ではできればこの方向で話していって、駄目だったらそう言うということにします。

了解しました。
あと、込み入った話になると、どうしても私は長文になるので、
長過ぎるようなら、返信時に適当にカットして下さい(笑)。

> この段階で既に非常に興味深く、また身になりそうな内容を見ることができたと思っています。
> まだ続く話題だと思いますが、ひとまず言っておきます。
> ありがとうございます。

私は、感謝の言葉を言われるのが苦手なタイプなので(苦笑)、
どうしても言いたい場合は、最後の最後に、
「ありがとうございました」と、過去形の一言で十分ですよ(笑)。

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