| ▼ 徳翁導誉さん
> > 下画面の「復興」と「赤化」が逆になっています。
> > 修正お願いします。
> 一覧表の事ですね。
> 修正してみましたが、これでどうでしょ?
ありがとうございます。
> > ・ダルエスサラーム
> > タンガニーカ共和国のニエレレ先生は、独立国の指導者として扱われているが、
> > 1962 年10月現在のニエレレ先生は、イギリス連邦下の植民地政府の首相に過ぎない。
> まずは最初に、簡単ながらタンガニーカとニエレレの歴史を。
> 第一次世界大戦の終結後、ドイツの植民地であったタンガニーカは、
> 大戦後に成立した国際連盟により、イギリスの委任統治領となりました。
> このイギリスのタンガニーカ統治は、第二次世界大戦の終結後も、
> 国際連盟の委任統治領から、国際連合の信託統治領へと替わって続きます。
> そうした準植民地的な支配が続く中、「独立・平等・平和」を掲げ、
> 「タンガニーカ・アフリカ民族同盟(TANU)」を創設したのがニエレレでした。
> 1950年代末、アフリカ各地で独立の機運が高まる中でイギリスは、
> ガス抜きの為に、「選挙議員30名&任命議員32名」という議会を作りますが、
> 選挙の方でTANUは、定数30議席の中で28議席を当選させます。
> この圧倒的な選挙結果を受け、翌1960年には自治政府設立の選挙が行われ、
> ここでもTANUが71議席中70議席を獲得して、1961年12月には独立を宣言します。
>
> ちなみに、TANUの党首であり、自治政府の首相であったニエレレは、
> 独立と同時にタンガニーカの初代・首相に就任しますが、
> 就任から1ヶ月ほどで首相を辞任し、側近のカワワを後任の首相に据えると、
> 自身は地方の地固めや、党の体制強化、共和制移行への準備を行い、
> 独立からちょうど1年後、タンガニーカの初代・大統領に就任します。
> ですので実を言うと、ゲーム開始時の1962年10月でニエレレは、
> 首相(1月に辞任)でもなければ、大統領(12月に辞任)でもないんです。
> とは言え、肩書きは無くとも、国家の最高実力者である事には変わりはなく、
> 苦肉の策として、愛称である「先生」を称号として付けたと(笑)。
> まあ「党首」でも良かったのですが、それだと少し味気無いですしね。
スワヒリ語の「ムワリム」を日本語に直したのですね。
国家一覧のところで見ていたら1人だけ「先生」に
なっていてビックリしました。 |
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