| > うーん、代表というのはわかっていますよ。
> つまり、国民の意思を受けて動くだけでいいのかという意味です。
「代表と代理の違い」を議論した時に一番ポイントとなるものの1つは「意思(決定権)」の存在がどこにあるか、という点です。
代理者に決定権は一切存在しません。代表はその制度に応じて決定権が存在します。
議員と有権者の関係においては、その任期内においては、議員の1つ1つの意思決定に有権者は直接的な権利を有していません。
有権者は任期内の代表者の行動を評価・判断し次の代表者を選択することで、バランスを保つことにしています。
また、任期内の代表者の個々の意思決定に直接影響を及ぼすものとして住民投票制度あるいはリコールが存在します。
過去レスを読み返してみたのですが、私が投稿NO.8758で『政府の決定についての最終的な権限は有権者にあります』言ったのは、
ルーキウスさんが投稿NO.8759でおっしゃった『代議員は国民の言うことをやっていればいい』とは違う意味だと思います。
私は「(何から何まで)代議員は国民の言うことをやっていればいい」とは思っていません。
> 私が言いたいのはこれです。
> 私の言い方と違って、わかりやすいですw
徳翁導誉さんのおっしゃった上記の意味でルーキウスさんのおっしゃっている点も理解していますよ。
私には充分伝わっています。
この点に関して言えば、おっしゃったことを私が理解できていない、あるいは私がお二人と考えが違うというよりは、
「アメリカの法案」に対する評価(理解)と法案に対する「下院の反応」に対する評価が違うのだと私は思います。
この点に関する徳翁導誉さんとルーキウスさんが指摘する「如何に迅速に対処し、これと決めたら集中的に最大限を投入し、戦果を高らかに宣伝するか」については私も全く同感です。
違うとすれば『作戦の「内容」以上に重要なのが「速度」』なのかもしれません。
(望ましい)結果=内容+速度+戦果の宣伝
だとして、“内容<速度”が成り立つのは結果が望ましい場合です。
内容以上に速度が重要なのは結果を望ましいものにする為であり、
望ましい結果が望めないならば、どんなに速度が速くても意味はありません。
私は75兆円という額が市場に安心感を与えるのならば、可決速度に意味があると思います。
しかし、想定被害額を確定できないとしても、75兆円という額に効果を感じるだけの情報が報道されていないように私は思います。
その後の報道には、75兆円という額の大きさ以外に、その使い途並びに使われる実現性にも疑問符がついているようですね。
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